2008年12月28日 星期日
2008年12月27日 星期六
2008年12月26日 星期五
2008年12月25日 星期四
2008年12月24日 星期三
2008年12月23日 星期二
2008年12月19日 星期五
大黒柱としては
このところになるまで、同じ疑問も私の中でとどまっていた。
ある役割が、いったん担われたら、一生の責任になった。
例えば、家族を生きさせる大黒柱である。
こどもが大きくなると、一切の責任が終わるようになるとよく言われているですが。
もしかしたら、私のチチオヤがそう思わないかもしれない。
彼が何年間も私にパンを確保しやすい公務員をやるように勧めていた。むしろ、私が一番不安定した仕事にした。結局、けんかになった。
英語の文脈で、大黒柱 = Breadwinner である。
実際に、Breadwinnerとしての責任は、家族にパンを食べさせるだけではない。
ところが、パンと愛を、同時に家族に与えるのは、結構難しいのではないか。やはり、仕事は仕事で、肉体は肉体である。「ご苦労様」とは、挨拶の敬語ではなく、本当に疲れきるという。
ところが、愛がはっきり表されなくでも、ずっと存在している。
こどももう自分を生きさせるようになっても、チチオヤが大黒柱としての責任がなかなかやめられない。
タバコの火が消えるまで。
2008年12月18日 星期四
聞き手としては
おそうしきでチチオヤの味方と接すると、皆もおしゃべりな人だということ明らかになった。その中で、チチオヤと仲が良かった李さんがいった。
「ある日、彼が長年望んでいた免許がいよいよ取った後、私に朗報を知らせた。彼が興奮だから、電話でずっとおしゃべりしていて、1時間がたっていた。その時に限って、私の上司が僕に電話をかけて、ずっと繋がれなかった。結局、上司に叱られてしまった。」
「で、その免許を取るために、試験を受けなけれならない。僕が受けたことがあるので、さいさんに試験の内容を教えておいた。例えば、どんな質問が出られるとか、それぞれの角度を細かく分析し、試験の準備にリハーサルしていた。逆に、僕も仕事上何にか疑問があったら、彼に電話をかけって教えてもらった。時々彼がすぐに答えられなくでも、なんとかどこか調べて、私に助けてくれた。実際にわれわれは利益の関係がまったくなかった。」
李さんがチチオヤとの付き合いを振りかえるほど、言いたいことが言い切れなさそうであった。二日続けておそうしきで現れていた彼にとって、瞬間に失われたのが、二度見つかれないかもしれない。
「われわれは長年の付き合いだとは言えなくでも、ここ数年間いつも一緒に勉強したり、お茶を飲んだりしていた。われわれは、なんでもおしゃべりしていて、なんか相性がよかった。だから、彼の出来事を知ってから、悲しいですよ。」
お二人は一人が70代で、一人が60代で、お互いの出会いが遅いかもしれないが、どんなことでも相手の心に耳を傾けた。文句とか、夢とか、光栄とか、失敗とか。
「昇給に対する不満とか、試験の不合格に対する怒りとか、僕の前に彼が何でも言ってしまった。で、かんしゃくを起こしたときもあったのですが、二日三日後なんでもなくなって、また僕に話しかけて,『もう終わったから、悪いことを忘れてください。』」
悪いことを投げ捨てたほうかいいですが、タバコはなかなかやめられなかった。それが半世紀を通してタバコに依存していた喫煙者にとって一層に無理でしょうか。
タバコとチチオヤ。チチオヤと思考系。そういう関連が私の子供の頃からずった印象に残されていた。チチオヤがタバコを吸いながら、何にか思案していたそうな画面が何回も目についた。ところが、本人が好きなたブランドとか抱えた悩みとか私が従来尋ねる意識がなかった。李さんのようにチチオヤが味わっていたのを味わえるわけがなかった。
「彼が吸っていたタバコが、とでも強くて、僕も耐えられなかった。」
煙に巻き込まれていて、オフイスで働いていた。タバコで、たとえストレスを解消させても、体に限界があるというのは、誰も否定できない。
「もう退職の年齢になって、何のためにそれほどまで苦労していたのか。」という疑問が、今までも李さんの頭の中に残されている。
「ある日、彼が長年望んでいた免許がいよいよ取った後、私に朗報を知らせた。彼が興奮だから、電話でずっとおしゃべりしていて、1時間がたっていた。その時に限って、私の上司が僕に電話をかけて、ずっと繋がれなかった。結局、上司に叱られてしまった。」
「で、その免許を取るために、試験を受けなけれならない。僕が受けたことがあるので、さいさんに試験の内容を教えておいた。例えば、どんな質問が出られるとか、それぞれの角度を細かく分析し、試験の準備にリハーサルしていた。逆に、僕も仕事上何にか疑問があったら、彼に電話をかけって教えてもらった。時々彼がすぐに答えられなくでも、なんとかどこか調べて、私に助けてくれた。実際にわれわれは利益の関係がまったくなかった。」
李さんがチチオヤとの付き合いを振りかえるほど、言いたいことが言い切れなさそうであった。二日続けておそうしきで現れていた彼にとって、瞬間に失われたのが、二度見つかれないかもしれない。
「われわれは長年の付き合いだとは言えなくでも、ここ数年間いつも一緒に勉強したり、お茶を飲んだりしていた。われわれは、なんでもおしゃべりしていて、なんか相性がよかった。だから、彼の出来事を知ってから、悲しいですよ。」
お二人は一人が70代で、一人が60代で、お互いの出会いが遅いかもしれないが、どんなことでも相手の心に耳を傾けた。文句とか、夢とか、光栄とか、失敗とか。
「昇給に対する不満とか、試験の不合格に対する怒りとか、僕の前に彼が何でも言ってしまった。で、かんしゃくを起こしたときもあったのですが、二日三日後なんでもなくなって、また僕に話しかけて,『もう終わったから、悪いことを忘れてください。』」
悪いことを投げ捨てたほうかいいですが、タバコはなかなかやめられなかった。それが半世紀を通してタバコに依存していた喫煙者にとって一層に無理でしょうか。
タバコとチチオヤ。チチオヤと思考系。そういう関連が私の子供の頃からずった印象に残されていた。チチオヤがタバコを吸いながら、何にか思案していたそうな画面が何回も目についた。ところが、本人が好きなたブランドとか抱えた悩みとか私が従来尋ねる意識がなかった。李さんのようにチチオヤが味わっていたのを味わえるわけがなかった。
「彼が吸っていたタバコが、とでも強くて、僕も耐えられなかった。」
煙に巻き込まれていて、オフイスで働いていた。タバコで、たとえストレスを解消させても、体に限界があるというのは、誰も否定できない。
「もう退職の年齢になって、何のためにそれほどまで苦労していたのか。」という疑問が、今までも李さんの頭の中に残されている。
2008年12月17日 星期三
応接係としては
「私、さいさんのムスメなんですが。今日、お越しいただいて本当にありがとう。」
チチオヤの旅路の果てを見送った場合で、ムスメとしての言葉遣いが、チチオヤの名声にかかわった。「ありがとう」という言葉が適切かどうかはっきりわからないですが、ありがたいのは本当の気持ちであった。だって、いまさら出席しなくても本人に弁解するまでもなかった。だって、本人もいなくなった。
わざわざお越しいただいたのは、本当にチチオヤをも一度見ようとした知人だった。その中で、私と大体同じ年齢のAさんがいった。彼は何年間か前にチチオヤの同僚同士であった。
「その時、僕は見習いとして、さいさnに指導されていただいてきたのですが。彼は、親しみやすくて、会社から離れても、いつもケーキを持って戻ってきた。われわれとおしゃべりしていて、楽しかったよ。私たちは、年齢の差があっても、壁があまりなかった。」
「もしかしたら、さいさんも君たちの前にもお父さんのふりをしなかったのでしょう。」
「それが...」
「も一つは、さいさんが、何年間にたっても、ずっとある業界の免許のために一生懸命に努力していた。最近、やっと取得した。彼は大興奮になって、後輩の私たちにご馳走を誘ってやったのです。やはり、長年の夢が実現できるようになった。大興奮にもまして、私に積極的に働きかけてきた、「お前もいろいろな免許を取ってください!私はお前の推薦人をしよう!」
なるほど!チチオヤが後輩に対する気前をこの時までまったく知らなかった。
おそうしきまで、ムスメの私が知っていたチチの世界は、ただ彼自身一人でのオフィスだった。
チチオヤの旅路の果てを見送った場合で、ムスメとしての言葉遣いが、チチオヤの名声にかかわった。「ありがとう」という言葉が適切かどうかはっきりわからないですが、ありがたいのは本当の気持ちであった。だって、いまさら出席しなくても本人に弁解するまでもなかった。だって、本人もいなくなった。
わざわざお越しいただいたのは、本当にチチオヤをも一度見ようとした知人だった。その中で、私と大体同じ年齢のAさんがいった。彼は何年間か前にチチオヤの同僚同士であった。
「その時、僕は見習いとして、さいさnに指導されていただいてきたのですが。彼は、親しみやすくて、会社から離れても、いつもケーキを持って戻ってきた。われわれとおしゃべりしていて、楽しかったよ。私たちは、年齢の差があっても、壁があまりなかった。」
「もしかしたら、さいさんも君たちの前にもお父さんのふりをしなかったのでしょう。」
「それが...」
「も一つは、さいさんが、何年間にたっても、ずっとある業界の免許のために一生懸命に努力していた。最近、やっと取得した。彼は大興奮になって、後輩の私たちにご馳走を誘ってやったのです。やはり、長年の夢が実現できるようになった。大興奮にもまして、私に積極的に働きかけてきた、「お前もいろいろな免許を取ってください!私はお前の推薦人をしよう!」
なるほど!チチオヤが後輩に対する気前をこの時までまったく知らなかった。
おそうしきまで、ムスメの私が知っていたチチの世界は、ただ彼自身一人でのオフィスだった。
秘書としては
「もしもし...さいさんはいるんでしょうか?]
「ええと、どちらさまでしょか?私、さいさんのムスメなんですが。チチオヤもう、こんげつのじょうじゅんになくなってしまった。」
「え---- なぜそんなとつぜんに......?」
チチオヤがはなれてから、以上のようなといあわせでんわはずっとかかってきた。
チチオヤの代わりに、でんわに出ているのに、だんだん慣れるようになってきた。おそうしきが終わったばかりなので、今日から伝えられるメッセジーも短くなっていけば、口調もちょっと軽くなってきた。できるだけ、向こうがチチオヤに対するいんしょうを聞き切りようとしていた。
だって、ムスメとしては、チチオヤとの話すきかいをずっと見逃していた上に、これから話そうとしても、チャンスもうないことになっている。
いまさらどうしようもないのではないか?もし、チチオヤに何かやるに堪えることがあれば、少なくでも、やろうと思っている。
おそうしきをはじめよう。そういうぎしきで、一番肝心なのは、やばり接客術であった。つまり、チチオヤの面目のために、応接係としてのわれわれは、ひんきゃくをちゃっとに応接しなくではいけなかった。そのなかで、適切な挨拶が大事であった。ありがたいこと (でもざんねんだった)には、ちちおやの友人と話すうちに、こどもの目から従来に見られなかったチチオヤのことがやっとみられるようになってきた。
「ええと、どちらさまでしょか?私、さいさんのムスメなんですが。チチオヤもう、こんげつのじょうじゅんになくなってしまった。」
「え---- なぜそんなとつぜんに......?」
チチオヤがはなれてから、以上のようなといあわせでんわはずっとかかってきた。
チチオヤの代わりに、でんわに出ているのに、だんだん慣れるようになってきた。おそうしきが終わったばかりなので、今日から伝えられるメッセジーも短くなっていけば、口調もちょっと軽くなってきた。できるだけ、向こうがチチオヤに対するいんしょうを聞き切りようとしていた。
だって、ムスメとしては、チチオヤとの話すきかいをずっと見逃していた上に、これから話そうとしても、チャンスもうないことになっている。
いまさらどうしようもないのではないか?もし、チチオヤに何かやるに堪えることがあれば、少なくでも、やろうと思っている。
おそうしきをはじめよう。そういうぎしきで、一番肝心なのは、やばり接客術であった。つまり、チチオヤの面目のために、応接係としてのわれわれは、ひんきゃくをちゃっとに応接しなくではいけなかった。そのなかで、適切な挨拶が大事であった。ありがたいこと (でもざんねんだった)には、ちちおやの友人と話すうちに、こどもの目から従来に見られなかったチチオヤのことがやっとみられるようになってきた。
せりふ
During the Korean War, there was a story about "The East met West", in Japan.
The West found everything in Japan so fascinating that he could hardly imagined.
For instance, Japanese fathers sold their daughters for the sake of money.

.....Was it just like goods on sale?

Sure! That's why your beloved's life was supposed to be not belonged to herself, but the owner of Kabuki, as she put it like this.
"My life is planned, I'm dedicated to Matsubayashi....The danger that lies ahead of us, we must face now. The danger of discovery, for both of us, danger of weakness when it is over."

When it is over, isn't it time to say sayorana? But, at the critical moment, East and West sought release from his/her belonged group, with return of his/her identity as an individual rather than a group member.
"All my life, are so busy, snapping to, and giving orders and taking orders and being a general's son....never sit down to think about my reason for living there."
" I believe for the first time, I'm just beginning to think about what I really am, what I really want."
The West found everything in Japan so fascinating that he could hardly imagined.
For instance, Japanese fathers sold their daughters for the sake of money.
.....Was it just like goods on sale?
Sure! That's why your beloved's life was supposed to be not belonged to herself, but the owner of Kabuki, as she put it like this.
"My life is planned, I'm dedicated to Matsubayashi....The danger that lies ahead of us, we must face now. The danger of discovery, for both of us, danger of weakness when it is over."
When it is over, isn't it time to say sayorana? But, at the critical moment, East and West sought release from his/her belonged group, with return of his/her identity as an individual rather than a group member.
"All my life, are so busy, snapping to, and giving orders and taking orders and being a general's son....never sit down to think about my reason for living there."
" I believe for the first time, I'm just beginning to think about what I really am, what I really want."
2008年12月16日 星期二
2008年12月15日 星期一
2008年12月14日 星期日
Moving ....
2008年12月13日 星期六
A fisherman...
2008年12月12日 星期五
End & Start
2008年12月7日 星期日
チゃーハン
試験後の第一食は、チャーハンなの。
友達と二人で、中華食堂と言うチィーんストアについたら、とにかく、山積した食欲を噴出させてきた。
一人当たリ800円くらいで、セットのラーメンと、餃子、チャーハンを10分以内にお腹に押し込んでしまった。
まったくの噴飯のような話なの。
セットの中で、チャーハンのが、一番気に入る、普段はね。
が、一口食べるや否や、ついにある日本語文法による例文がで出てきた。
迫力のないチャーハンは、期待を込めて食べに来る客さんをいためるものでなくてなんだろう?
そして、チャーハンの源だと思われているわが国、つまり「中華」の名も汚されたのではないか?
ようするに、「いためる」というのは、炒めるか、傷めるか、やる気次第だ。
やっぱり、王将のほうが勝る。
2008年12月2日 星期二
2008年11月21日 星期五
これで
落ち葉の季節。
The season of falling leaves.
日光で赤だけではなく、本当にイロイロな色が落ちている。
In the sunlight, many colors are falling down.
紅葉だけではないという落ち葉季節を感じられるのは、初めてです。
It is the first time that i can see the various colors other than red in this season.
先入観次第で目が見られなくなるものだ。
Eyes are influenced by pre-set mind.
過去見られなかった風景を再び会ったり、見たり、したい ーーー試験の後で。
Longing for re-encounters, if i could.
後14日、テストの本しか見ないのほうがいいのではないか。
But before 7/12, eyes and mind can only focus on colorful past papers.
だから、ここで、しばらく、さようなら。
So, see u later.
では、お気をつけて。
And Take Care、my friends.
2008年11月18日 星期二
2008年11月17日 星期一
2008年11月16日 星期日
Before & After
5 hours before, a guy was drinking Coca-cola in a place namely London Pub in Ikebukuro.
Joy was full inside the botte of Cola. The guy sipping it was the other way round.
5 hours later, Cola was gone. But Just with pure water, everything is fine, especially drinking with the older the purer best-friend. NOW, something is filling inside.
日系人の強制収容
[http://www.archives.gov National Archives] ARC#536004 Reco)アメリカ大統領行政令9066号が発令された後の1942年2月下旬から、カリフォルニア州やワシントン州などのアメリカ西海岸沿岸州と準州のハワイからは一部の日系アメリカ人と日本人移民約120,000人が荒地に作られた「戦時転住所」と呼ばれる全米10ヶ所の強制収容所に順次入れられることになった。当然のごとく彼らは何の補償も得られず、家や会社、土地や車などの資産を安値で買い叩かれ、これまで従事していた仕事も失うことになった。中にはすべての財産をこの強制収容によって失ってしまった人もいた。
しかし、強制収容にあって、諦めようとしなかったのが、当時に収容所の中に出版されたある刊物によって明らかになった。ようするに、全制的施設における無力化(mortification)という過程が必ずしも効果的とは言えないのではないか。
「しかし、人間は生きようとする。生命に執着して、その生に、その身に、来るべき日に、その一切の希望とかける。お、易化に多くの幸福を人にその未来に期待するであろう!」《鉄柵》
2008年11月15日 星期六
誰が誰に強制したのか?
人間は、何がなくなると、無力になっしもうのか?施錠された扉や、高い塀、有刺鉄線などに潰される自由なのです。全て全制的施設 (total institution)に繋がリ、その中における被収容者が長期外部との社会的交流することができないと、社会学者であるアーヴィング・ゴッフマン(Erving Goffman)と主張した。精神病院や、ハンセン病療養所、刑務所、捕虜収容所などの強制収容所は、全制的施設の典型なのです。全制的施設の主な特徴は、生活の全局面が同じ場所で同じ権威に従って送られる。さらに、構成員の日常活動の各局面が同じ扱いを受け、同じ事を一緒にするように強制されている。
全制的施設においては、大多数の被収容者とを少数の監督者の間にかなりの裂け目がある。
被収容者は、彼を外部世界から遮る壁こそ、いくつかの役割を喪失することになる。その上に、入所の過程における無力化(mortification)によって一層被収容者の自己アイデンティティを動揺したり、潰したり、しようになる。
誰が被害者か誰が加害者かという関係を考えると、日米史を例として考えてみようか。
その前に、ちょっと休憩しよう。....
2008年11月14日 星期五
2008年11月13日 星期四
2008年11月12日 星期三
溶岩流
As a big fan of McDonald, there must be some reasons behind.
One of the major reasons, may be, it caters to my need, inside and outside, physically and mentally. No matter Day and Night, Hot and Cold, High and Low, Full and Empty.
Of course, the no.1 reason is no less than it is relatively cheap to buy. Let's say, 120 yen for a Happy Apple Pie with a thin, cripsy and golden crust. Once tearing it off, the hot apple lava mixed with big crumbs is flowing out, dipping your hands, with a hot spring of joy, energy, and freshness rushing to your eyes, mouth, stomach as well as mind. And its WILDNESS, is just like the laughters of some kawaii school girls sitting several tables apart from me. Invincible!
2008年11月11日 星期二
2008年11月10日 星期一
リーダ-
この間、「オバマ」が日本のマスコミに注目されるキ-ワ-ドになってくる。「アメリカにおける従来の単独行動主義をやめよう」というのが、新大統領であるオバマ氏に期待する主流の意見である。その中で、次の評論が、Japan Timesに載せた。
How can American best reassert its world leadership and influence and become loved and admired again as once it was?...In looking for an answer Americans should perhaps try taking a leaf out of the Japanese book. In Japan the spirit of mutual obligation prevails --- perhaps not as universally as it once did, but still quite strongly. People are guided by as sense of obligation to each other. That is the lubricant by which business is done, relationships are handled and teams are built. The concept of going it alone is unthinkable.
評論家であるディビッド.ホーウェル (David Howell)はかつてイギリスの内閣大臣を務めていた。ディビッドがオバマに勧めるのが、集団志向の日本に参考し、世界に威信を回復させるという。
ところが、メンバーらがお互いに責任を持ち行動する集団意識が、今現在日本に依然として通用されるのか?
おそらく、「日本は侵略国家ではない」という論文を発表した次第解任された田母神前航空幕僚長がそう思わないのだろう。要するに、今回の解雇ショックから、何が分かるのか?メンバーが独自行動をし、結果としては、リーダーに追放されることになっている。それが、日本内閣がめちゃめちゃになってしもった実態なのではないか?
リーダーだと、首をさせるパワーを持つ。しかし、よいリ-ダ-の条件というと、何なのだろう?
それが、オバマの当選をきっかけに、かなり話題になってくる。一昨日、ラジオにあるフーンイン(phone-in)番組が、オバマのうまい当選演説による以下のテーマを中心に議論された。
「政治家や経営者など日本のリーダーは演説やスピーチが下手」
とよく言われますが、それはどうしてだと思いますか?
予想通り、賛成するのが圧倒的に多数で、その上に、オバマの旨さから我がリ-ダ-の欠如をまとめた。
麻生総理を含める日本のリーダーは、声が大きくても、国民あるいは全世界のためにリーダーを演じるパーション(情熱)はないと指摘される。
パーションあっての万人を感動させる演説。それが、他人の書いたものではなく、自分の本音を伝える演説である。
パーションあればこそ、歳月が経ってもずっと国民を仕えるコーミトモント(sense of commitment)がありそうだ。
1998-2001年までにビッグコミックで連載された『イーグル』は、アメリカ選挙を契機に、再び出回てくる。アメリカ大統領選挙での初の日系人大統領候補と彼を取材に来た新聞記者との出会いや選挙活動などを描く。
バーションというものは、ただ一年間ほど自分に首をさせる安倍も福田元総理大臣も持っているのか?そして、「船」を捨てる前に、チームリーダーとして全国のメンバーを安定させる政策をちゃんと備えたのか?つまり、次の政権に渡すための準備をしたのか?経済財政担当大臣である与謝野(よさのかおる)によると、そうではない、「福田退陣に予期していなかたった。事前に何かおかしいなという感じもしなかった。」
それゆえ、安倍と福田の政権を投げ出しが、政治家として非常に短期的にしかものを考えないと言われている。
総理が辞めるとき、普通なら次の政権に渡すための準備をするもので明白。ところが、安部さんと福田 さんの場合はそれ がまったくなかった。党のほうも、さあ総裁選だ、次の総選挙で勝てる。「玉」誰 か、と言う話しになっ田。政治家が非常に短期的にしか物を考えない。政治の劣化が進んで、かなりひ どい状況になっている...今回はどいうかというと、目に見える悪役はおらず、自己崩壊してきて いる。(中央公論)
1960年代に、終身雇用制の集団への忠誠という新日本人論における行動原理が台頭してきた。30年後バブルがの崩壊以降、そういう忠誠もう滅びんだのか?誠を込める一国のリーダーは、どこに行くのか?
2008年11月9日 星期日
唔該
今日、職場で、他人に助けられた上で感謝を表す広東語の言葉について話していた。補充のために、ちょっとここで説明しよう。
「唔該」 (発音:ng goi) 、広東語で、有難うという意味である。
例:
Aさん:「真係 唔該 哂!」(zeng hai ng goi sai)
Bさん: 「唔駛 唔該!」(ng sai ng goi)
[「真係」=「本当に」]+[「唔咳」=「有難う」]+[「哂」=すっかり/完全に]
は
「本当に有難う!」 というわけである。
そして、「唔駛」は「いらない」という意味で、「唔該」とあわせて、「どういたしまして」あるいは "NO NEED TO SAY THANK YOU" になるのです。
どんな場合に「唔該」(ng goi)を言うべきなのかというと、ちょっと例を挙げてみよう。
ヤボという小学生が、学力低下だとよく言われている。最も下手なのは、日本語である。発音を間違ったり、言葉を乱暴したり (例:常にお皿と洗剤を持ちながら、「私が『わらい』ましょうか?」と言ってしまう。)している。ところが、ある日、あるおじいさんが現れ、ヤボの作文を直すようになってきた。その上に、周りに働きかけたまで、「ちょっとヤボの作文をみてみようか!」ヤボをびっくりさせた。
世間は、残酷だと言われているものだ。電車の中でお年寄りや妊娠婦に席を譲るという立派な人間が、ますます少なくなってくる。貧乏人や、失敗マン、学力が低下する学生などという社会に認められない存在を応援する無名なボランテリアは、一層希少なのではないか。だからこそ、そういう希少な人間が異常な財産を持つと見られている。
それが、何なだろうか。
暇というより、義なのではないか。
義は、中国語のコンテキストに、人間として同類同士を助ける最高の品格という。
2008年11月8日 星期六
これさえあれば...
弱肉強食の世界。
その中で、刺身と生身の人間との関係だと、言うまでもないのだろう。
食べるのは、生身を支える。刺身を食生活から引くと、生きることもできる。
寝るのは、生身を休養させる。4を8時間から引くと、死になるとは言えない。
刺身が、冷たくて情熱を引きだせない。それより、布団のほうが暖かくて、柔らかい。だから、俺はね、睡眠時間に、4分たりとも惜しむ。
でも、一日 24 時間しかないだろう。一日8時間を睡眠に、贅沢の極みに至るのではないか。いつかあることに夢中しっぱなし睡眠なんで忘れるようになったらいいな。
夢中することが、見つかったのか?そうかな。
なくても、一応、コーヒーさえあれば、睡魔に抵抗できるかな。
2008年11月7日 星期五
2008年11月6日 星期四
2008年11月5日 星期三
2008年11月3日 星期一
何が落ちたのか? アミへ
世の中に ある女の子は、バラを作る天才だという。
紙でありChupa Chups であり、どんな材料が使われても、綺麗なバラが咲いている。
ところが、ある日、あの子が、ある物をホームに落としてしまった。
「どうしようかな?」と彼女は迷っている。
それは、帽子だったの?違う。
それは、人間にとって大切なものだ!
時間?情?記憶?
何とより、自信なのだろう。
どうしようかな?
とにかく、どこか落ちてしまった場所に戻って見つけよう。
ところが、落ち物の持ち主しか、駅係員を含める誰も拾えない。
去年、s7の中で、アミほど、最強の勉強家はいなかった。授業が終わっても、一人でロービで辞書を引いて勉強したのが、今までも私の印象に残っている。
アミ、辞書が故障する場合がもちろんありえるわりに、私の持つ懐中電灯が、頼りがあリます。それが、真っ暗な線路で、物を探すのに役に立つかどうか分からないのが、けれども、いつもスタンドバイです。必要な場合は、ご遠慮なく。それが、感謝のサービスなのです。
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