このところになるまで、同じ疑問も私の中でとどまっていた。
ある役割が、いったん担われたら、一生の責任になった。
例えば、家族を生きさせる大黒柱である。
こどもが大きくなると、一切の責任が終わるようになるとよく言われているですが。
もしかしたら、私のチチオヤがそう思わないかもしれない。
彼が何年間も私にパンを確保しやすい公務員をやるように勧めていた。むしろ、私が一番不安定した仕事にした。結局、けんかになった。
英語の文脈で、大黒柱 = Breadwinner である。
実際に、Breadwinnerとしての責任は、家族にパンを食べさせるだけではない。
ところが、パンと愛を、同時に家族に与えるのは、結構難しいのではないか。やはり、仕事は仕事で、肉体は肉体である。「ご苦労様」とは、挨拶の敬語ではなく、本当に疲れきるという。
ところが、愛がはっきり表されなくでも、ずっと存在している。
こどももう自分を生きさせるようになっても、チチオヤが大黒柱としての責任がなかなかやめられない。
タバコの火が消えるまで。
1 則留言:
你那邊也有這個生命麵包?
記得小時候吃過,麻麻地,幾十年沒再沾過。
相較其他香滑包包,它好似粗粗地、鹹鹹地……that's life.
how are you?
miss you!!
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