2009年10月6日 星期二
2009年9月6日 星期日
2009年8月15日 星期六
炒 飯
『炒』(チャー・chao)は「炒める」の「炒」。
『飯』(ハン .han)は「ご飯」の「飯」。
合わせて、日本語の発音でチャーハンに成る。
『大辞林』によれば、炒飯とは、「中国料理の一種で、米飯に肉や野菜、卵などをまぜて油でいため味をつけ飯料理。焼き飯.チャーファン。」というものだ。
チャーハンが擬人化されると、何の人になるのか?そして、おにぎりはどうか?
”中国人=チャーハン”と
”日本人=お握り”
だと『課長島耕作』である著者弘兼憲史が『島耕作』系の取材に上海にいた時の観察だった。
温度差とは別に、チャーハンにおける作り手による味の大きなばらつきが、統一性に拘るお握りから区別できるポイントだろう。
十人十色。十飯十味。
日本に滞在していた間に、自分を盛り上げさせるにつけ、チャーハンを味わいに行こうとする。出来上がッたチャーハンを囲む白い熱気が目の前に出ると、わくわくしてくる。
だからこそ、ヤル気が無さそうな二日前、わざと北浦和に食べに行こうとした。
あの店についたら、なんと室内のクーラーが故障し、生餃子しか何も提供されなかった。
仕方が無かった中で、タオルで頭を巻いていたご主人に話しかけてきた。「ご主人、こっちのチャーハン、美味しいね。炒飯って、元々は、中華料理でしょうね?」
「まあ、うちやってるのは家庭料理だけです。僕は18-29歳まで、独身で一人暮らし、自分でよくご飯作ったんですよ。」
「炒飯も?」
「そうですね。」
「でも、本当に美味しいですね。何かコツがあるでしょうか?」
「卵をご飯に入れて、すぐ生のうちに、八秒間チャンとしっかり混ぜる。
そうすると、ご飯が一個一個バラバラになります。それだけです。特別なことはうちやっていないよ。」
「奥様(中国人)から習ったんですか?」
「エエヤ、テレビ番組で教えてもらったんです。でも、最初は下手だったので、ご飯が外に飛んで出て...上手になるまで、三年間くらいがかかりますね。』
こっちは、炒飯のために、わざと店に行こうとした。ご主人の話すと聞くうちに、なんと食べる側と作る側が炒飯に対する気持ち一致しない、ということが分かってきた。
『僕はあまりチャーハンに興味がないです。...』と田中さんが打ち上げた。
なるほど。で、なぜわざわざ三年間にかけて練習し普通以上の炒飯を作り出してくれますか?これが炒飯への好みでなくてなんどろう?
本当は、田中さんのヤル気を引き出すのが、連中に遅れたくない気持ちかもしれない。
「実は、都内と埼玉県では、皆(餃子店として)も『ご飯+餃子』だけなんですね。でも、この辺(のお客さん)は、ご飯を食べる習慣がなくて、ご飯が出なかったから、次の日になると、ご飯が残って、無もったいないでしょう。仕方がないく、それで、チャーハンをはじめたんです。」
つまり、”ご飯がないガきり、本格な餃子店になれなさそうだ”という「皆の常識」を破れないように、何とかするという。
結果として、「餃子+炒飯」という700円のセットができてくる。おそらく、皆がこっちのように毎回もただ炒飯を注文するではなく、餃子を食べるついでに炒飯も食べるように手頃なセットを注文するわけだろう。
そして、セットの注文が出されると、“3分30秒の炒飯”は“5分の餃子”に“伴走”してあげていて、タイマーになる。
「餃子が5分でしょう。チャーハン3分30秒です。注文があったら、餃子を焼いていて、調理して、チャーハンをやってきて、餃子ができたら、ちょうど5分です。それで計算するんです。全部組み合わせて...」
人により、モノの重さも違う。チャーハンはただ餃子の都合に存在するわけだ。
要するに、作り手が終始炒飯を持って誰かの心を奪うつもりでもない。勝手にそう思ってしまったのはこっちなんだ。
考え方といい、食べ方といい、どうすればについては、客さんの勝手なのだ。
「(スープつきの炒飯をどう食べた方がいい?)どういうふうに食べるのか、お客さんの自由ですよ。ぜんぜんこだわりないですよ。」と
田中さんが率直に語った。
2009年8月12日 星期三
クルマとともに止まる
2009年7月16日 星期四
Free air, Free man
2009年7月9日 星期四
BE A ROLLING STONE!!!
2009年6月16日 星期二
狂う時計
数字人生。
日本では、1人の女性が生涯に産む子供の数が1.37に留まるそうだ。
また、毎日在社時間が13時間以上である日本人は4人に1人近くいる。二つの現象には相互関係がないことではない。少子化について取り上げられる場合には、「女性が産みたがらない」より、男性のほうを問題の元として追究してよいだろう。
『労働調査』(2009.3)によれば、毎日在社時間が13時間以上の日本人が4人に1人近くである。就寝時間が際立って遅く、午前0時近くになって寝るのはごく普通である。また、13時間以上働くと翌日に疲れが残ると応える人は7割を超える。日本の雇用状態から見ると、そこまで深夜残業するの多数が男性正社員のではないかと推測されている。では、そうした狂うライフ時計が何を意味するのか?一日24時間、在社と通勤時間を除くと、在宅時間はせいぜい8時間しかない。睡眠時間をさらに控除すると、自由時間がほぼゼロになる。そうすると、子どもを作る時間的.心理的な余裕はないだろう。言うまでもなく、独身の男性にとって相手と付き合う時間すらないがきり、女性を出産させるチャンスにならない。
なぜ男性の「時計」が狂うようになってしまうのか?自己責任論の大ブームに乗せると、時間管理のせいだろう。仕事と生活の両立という主張は、ずいぶんパブル崩壊後の何年前からずっと流れてきているのに、多くの日本男性からすればまだまだ机上の話に過ぎない。その背景には、実際に時計を管理するのは持ち主自身でなく、企業とそれらを統制する日本におけるいろいろな決まりである。
ここ数年、企業は、非正規雇用を増やしたり、人員全体をスリム化したため、正社員一人当たりの仕事量は大幅に増加した。そのため、2,000年代に入り、残業の長時間化は顕著になってきた。一番直面しているのは、35歳前後の男性、つまり結婚したばかりで子どもを生む潜在性が高そうな年齢層である。だが、ちょっとだけ早く帰宅し子どものことを考える余裕がない。なぜかというと、せっかくの正社員の座にしがみつき、長時間労働を我慢せざるを得ないというわけだ。さらに、欧米から見て非常識なことには、社員から自発的な「サービス残業」である。花王を例としては、従業員が残業を申し込む場合には、経営側から本人の効率について厳しく非難される(効率)ことで、無償に山積の仕事を終えさせるサービス残業を余儀をなくされるそうだ。要するに、「サービス残業」は、努力と人格を連動する日本風の評価システム上、経営側に勝手に正当化される。そうした当たり前は、正社員どころか、非正社員までも当てはまるかもしれない。この間、私はバイトの勤め先で、タイムカードを押してから残りのお皿を拭くように命令された。ところが、時給制に基づくルールがあるからには、わざわざタイムカッドでタイムカードを押すように命令してまだ仕事をさせるというのはおかしいのではないか?
労使関係の中で、ルールや約束を守らなければいけないだろう。サービス残業なんで、ただ一方的な会社の都合みたいな気がする。もちろん、家族のような存在として社員にアピールする会社(例えば三井)がある。それに対して、社員は信頼関係の上で、経営が厳しい会社に何とか最大の力を出すべきだ。ただし、会社は会社。家族は家族。会社にも、社員にも、擬似家族を本物の家族に逆転視してはいけないだろう。
では、正社員の間も雇用不安が広がってる今こそ、連続三年で上昇していた出生率は楽観視し続けられるのか?「戦時に匹敵する閉塞感を持つ」と言われる時代、また行き先も見えない空気の中で、自己生存が問題視されるからには、わざわざ新しい命を世界に連れてくる理屈はないのではないか。それとも、一体何のために子どもを産むのか?自分の人生にプラスになるのか?命を迎えるメンタリティなどのソフトインフラ(必ずし希望を作ることには限らない)は、企業をはじめ長時間労働の是正とともに、それが、政府が考えなくではいけない一番基本的な問題だろう。
2009年6月2日 星期二
2009年5月25日 星期一
琉璃. 流離
準備對時。
"凌晨 1 點正。"
"Action!"
"1點至6點, 大班椅房, 盛惠 1300 yen。"
我只需要 5 小時, 一口氣睡5小時。不, 扣除上廁所洗面, "隊"幾杯軟雪糕, 再瞄一瞄本周漫畫的時間, 剩餘時間只有4小時45分鐘。
日本乜都有, 免費試食試飲試穿試玩的活動三三不盡, 六六無窮。唯獨夜間試瞓服務暫時欠奉。假如銀根緊拙, 花不起錢住酒店又不想瞓街, 或又者拒絕跟男人老狗同宿新宿公園, 那最佳選擇可能是冷氣開放全天候24小時營業的media cafe 或 internet cafe。假如你是獨身女子, 那選擇色狼最大機會出沒的凌晨1時至6時入住是明智之舉。即使你深信色狼見到你也會掉頭走, 那為慳錢起見, 也應該鎖定貓頭鷹特惠時份(5小時1300-1400yen) 入場。假如你只想花100yen在24小時營業的麥當勞坐宿一宵, 我的忠告是, "算吧啦, 別想了﹗"。因為經驗告訴我, 24小時營業並不賦予顧客24小時任坐。倒楣的筆者, 曾有一夜錯過了電車尾班車, 有家歸不得, 要在東京的24小時麥記借宿一宵, 殊不知坐了不夠兩小時, 便被表示要打掃清場的廣播吵醒。輾轉到另一間分店, 坐了一個多小時後, 又遭同樣的廣播騷擾。這時, 眼皮已塌下來的我望望四周, 發覺跟我四目交投的同是被打掃的"叫床聲"吵醒的麥遊人。所謂的24小時營業, 實際上並不足24小時吧?假如要為這理想與現實的落差失落, 那只好怨自己實在太習慣香港麥記的足料營業吧。始終, 這裡是日本,不是香港。香港的麥記, 並不會有日本這邊的店內聲明:"光顧時間以2小時為限"。畢竟, 在日本, 將麥記視作圖書館的學生或當酒店的成年人實在太多太多...
那 media cafe又如何呢?
2009年5月24日 星期日
巴士阿叔 與 電車男之[ 間 ] (I)
全球化下, 人口移動, 文化流動。香港有個小東京(太古城), 日本有個小香港(台場)。港日人, 物, 交叉感染的起源, 暫時無從稽考。但真正普及化而言, 可追溯至 70 年代。杯麵(cup noodle), 在日本戰後高度經濟成長期(58年至73年)結束的兩年前面世, 從此成為港日兩地人食生活必不可少的一部份。美食, 是人類共同追求的; 棲身之所, 是人所共需的。[日本人=有錢人]這個香港人傳說打從90年頭日本經濟泡沫爆破, 至去年秋天美國雷曼引發的世界金融後給逐一否定。今天, 日本好, 香港好, 同一天空下, 只住得起日租或短租住 partition者大有人在。只是兩地的partition, 就像杯麵一樣, 經本地化或地道化後各有鄉村各處味。要探討這個問題, 我們不妨由以下的生字造句開始。
旺角 vs 東京
板間床 VS partition
電風扇 vs 小涼伴
巴士阿叔 vs 電車男
凍滾水 vs 軟雪糕
無癮 VS 上癮
將以上生字分成兩組造句,分別可得出以下結果。A組為, 披散頭髮的旺角巴士阿叔一個人在板間床上輾轉反側, 迎著電風扇的暖風, 急待著滾水變凍水,無癮得很。B組為, 頭髮井然的電車男穿過光亮開揚的少女漫畫區, 走進幽暗的走廊,敞開木色的PARTITION, 投進只有一盞台燈, 一台電視, 和一部電腦熒光幕照明的暗隔中,在小涼伴的冷風送爽下軟臥著大班椅, 跟相識了不足48小時的電車女連線了。 鍵盤愈打愈急,那種瞬間的熱情, 將現場供無限添食的軟雪糕溶化了. 終於鍵盤聲停下了, 時刻提醒自己寧可輕鬆死也不要過勞死的電車男終於睡著了。
同人,不同命。同是孤單一人,巴士阿叔看來很寂寞, 電車男看似有影皆雙。
但經驗告訴我們:表象總是實情的相反。
不論如何, 他們有一點是共通的: 經濟上暫不容許他們跳出只容得下一張電腦台和一張大班椅 或放得下一張板間床的partition。但人, 總需要睡眠, 不管當事人有心還是無心.
香港窮人多的是, 日本也有貧乏人, 他們都在社會的底層爬行, 渴望著一個不單是借宿一宵或只適用於短期租約的安身之所或[居場所]。
寝場所
今夜、どこへ?
分からない。
一時期、そういう漠然とした状態に巻き込まれていた。
友達の家を邪魔したくなかったし、ホテルに泊また余裕もなかったし、一日か二日かいいけど、一週間か二週間かにわたると口座を貧血にさせてしまったのではないか。
それゆえ、その一時期、週に二回か三回に高田馬場にあるインターネットカフィに泊まていた。他の日々には、北千住における小さい旅館と友達の家を回っていた。前者に泊まっていた時に、出来事にあってきた。その旅館は二階建てで、一泊で2900円であった。観光客にとってはわずかの金額にも関わらず、日本に滞在しようとした貧乏人にとってはただぎりぎり大丈夫だった。やむなく、「割引がありますか?」と一度マンネジャーさんに問いかけるほかはなかった。一秒後、『ありません。」という早急な返事を部屋に持ちかえてきた。常識ですが、旅館の部屋が綺麗だし、『お帰り』と『行ってらっしゃい』という実家の雰囲気を一人様に感じさせる言葉もあるし、2900円を値切る余地があるというのは自分でも信じがたかった。ただ、もし一つ短所か長所かを言わせたら、それが線路に真ッ向かう位置による音であった。なのに、当時の私にとっては安眠曲かもしれない。やはり、そうした小旅館は目先が見えなかった私からすれば寝場所どころか、居場所に至った存在だった。だからこそ、旅館にチックアットの際にしても大学のインタービューに着用する服も靴もそのまま預けていた。なぜできたのかとえば、おそらく『また戻りますから』といったことを『本当に』とそここそ信じてまらったからだろう。
脱線になるかもしれないが、あの日、チックアットした後『いってきます』と言ったとたん、道を歩きながら鼻血が流れていた女の子に会ってきた。不思議なのは彼女が見つかったのは、私しか他の通行人いなさそうだった...そんな時、そんな疑問を持つうちに、墓の風景がついに目の前に入ってきた...
2009年5月23日 星期六
男とはそれぞれ...
2009年5月22日 星期五
Something has walked into...
'Calm down calm down... I tell u, I am not afraid at all...REALLY....' Mr I, who was wearing a mask, told Mr P.
Suddenness comes suddenly. That is Life. Everyone knows this rule, but not everyone accepts it.
Human beings are Human beings....
We keep run away, but suddenness of all possible kinds keeps walking into our lives......
2009年5月20日 星期三
サラリーマンノの節約時代
2009年5月9日 星期六
2009年4月17日 星期五
2009年4月9日 星期四
何かあってのファイト
いらっしゃいません。
お花を、ありがとう。
いよいよ来たね。
こっちは大興奮のはずだ。
そうになるべきだ...
結局、時に沈黙。
「一人子は、特に人とのコミュニケーションにできないの?」だと。
「そうではないよ」と君は語った。
でも、一人暮らしだと、どうか?
おそらく、大賛成でしょうか?
床を拭いたり、注意しったり、していた。
本当に悪いね、許してください。
何となく、この間いらいらしている。
特に遊ぶと、自責になってしまった。
残りの時間が有限だし、この一年間、努力が足りなかったとしみじみに感じっている。
あのさ、実は心細く、弱気になっちゃって。
大人なのに、応援声なんでほしいですけど。
「ファイト!」、一声でも、いただきませんか?
2009年4月4日 星期六
2009年3月28日 星期六
訂閱:
意見 (Atom)