今夜、どこへ?
分からない。
一時期、そういう漠然とした状態に巻き込まれていた。
友達の家を邪魔したくなかったし、ホテルに泊また余裕もなかったし、一日か二日かいいけど、一週間か二週間かにわたると口座を貧血にさせてしまったのではないか。
それゆえ、その一時期、週に二回か三回に高田馬場にあるインターネットカフィに泊まていた。他の日々には、北千住における小さい旅館と友達の家を回っていた。前者に泊まっていた時に、出来事にあってきた。その旅館は二階建てで、一泊で2900円であった。観光客にとってはわずかの金額にも関わらず、日本に滞在しようとした貧乏人にとってはただぎりぎり大丈夫だった。やむなく、「割引がありますか?」と一度マンネジャーさんに問いかけるほかはなかった。一秒後、『ありません。」という早急な返事を部屋に持ちかえてきた。常識ですが、旅館の部屋が綺麗だし、『お帰り』と『行ってらっしゃい』という実家の雰囲気を一人様に感じさせる言葉もあるし、2900円を値切る余地があるというのは自分でも信じがたかった。ただ、もし一つ短所か長所かを言わせたら、それが線路に真ッ向かう位置による音であった。なのに、当時の私にとっては安眠曲かもしれない。やはり、そうした小旅館は目先が見えなかった私からすれば寝場所どころか、居場所に至った存在だった。だからこそ、旅館にチックアットの際にしても大学のインタービューに着用する服も靴もそのまま預けていた。なぜできたのかとえば、おそらく『また戻りますから』といったことを『本当に』とそここそ信じてまらったからだろう。
脱線になるかもしれないが、あの日、チックアットした後『いってきます』と言ったとたん、道を歩きながら鼻血が流れていた女の子に会ってきた。不思議なのは彼女が見つかったのは、私しか他の通行人いなさそうだった...そんな時、そんな疑問を持つうちに、墓の風景がついに目の前に入ってきた...
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