2008年12月30日 星期二

2008年12月29日 星期一

2008年12月28日 星期日

再出発



当日、ある赤ちゃんが病院でパパに迎えられた。今日、白髪が出てくる彼女がパパをどこかへ送った。

当日、パパが笑顔で赤ちゃんのたんじょう証明書を申し込んだ。今日、彼女がむひょうじょうでババのしぼう証明書を受け取った。

パパは、私の人生をさいしょから見てきた。私は、パパの人生のさいごを検証した。

それは、親子の間の仕組みなのだろうか?

ごご、一切もどろにうめられた以上は、明日、とにかく、down to earthで、再出発しょう。

2008年12月27日 星期六

乗り越えよう



見えないとは、人生なのですが。

見えるようになんをしたらいいのか?

目に溢れた涙を拭いて、乗り越えよう。

乗り越えたら、バッグにある空が見えるようになる。

向こうはどうか?




その日、その電話がかかってから今まで、3週間以上が過ぎだった。

劇的な出来事は、現実としてもう確認したといっても、感覚上今までも時に迷っている。

出かけているのか、旅行にいっているのか。

向こうはどうなのか?

迷子より

生やす



幸福とは何か?

もしかしたら、生きることができるという。

生きると、ひげも生やせる。

そういう幸せはひげが速く生やすチチオヤが一回も感じたことがなかったのでしょうか。

本当の幸せを、面倒と見なしたのは、ひげの一種である子供の最大の愚かなものだ。

2008年12月26日 星期五

18階の夜景

夜明け



人間。瞬間。空間。

三つをあわせて、突然蒸発事件になる。

幕が下がると、真っ暗になる。

夜明を待つまでだ。

2008年12月25日 星期四

そばに



これは、何年か前に日本でかって、弟への贈り物です。

今夜、お母さんに差し上げたばかりなのが。

ワンちゃん、お願い。

お母さん、いつも元気にお休みなさい。

what's cup?

2008年12月24日 星期三

2008年12月22日 星期一

2008年12月19日 星期五

大黒柱としては



このところになるまで、同じ疑問も私の中でとどまっていた。

ある役割が、いったん担われたら、一生の責任になった。

例えば、家族を生きさせる大黒柱である。

こどもが大きくなると、一切の責任が終わるようになるとよく言われているですが。

もしかしたら、私のチチオヤがそう思わないかもしれない。

彼が何年間も私にパンを確保しやすい公務員をやるように勧めていた。むしろ、私が一番不安定した仕事にした。結局、けんかになった。

英語の文脈で、大黒柱 = Breadwinner である。

実際に、Breadwinnerとしての責任は、家族にパンを食べさせるだけではない。

ところが、パンと愛を、同時に家族に与えるのは、結構難しいのではないか。やはり、仕事は仕事で、肉体は肉体である。「ご苦労様」とは、挨拶の敬語ではなく、本当に疲れきるという。

ところが、愛がはっきり表されなくでも、ずっと存在している。

こどももう自分を生きさせるようになっても、チチオヤが大黒柱としての責任がなかなかやめられない。

タバコの火が消えるまで。

2008年12月18日 星期四

聞き手としては

おそうしきでチチオヤの味方と接すると、皆もおしゃべりな人だということ明らかになった。その中で、チチオヤと仲が良かった李さんがいった。

「ある日、彼が長年望んでいた免許がいよいよ取った後、私に朗報を知らせた。彼が興奮だから、電話でずっとおしゃべりしていて、1時間がたっていた。その時に限って、私の上司が僕に電話をかけて、ずっと繋がれなかった。結局、上司に叱られてしまった。」

「で、その免許を取るために、試験を受けなけれならない。僕が受けたことがあるので、さいさんに試験の内容を教えておいた。例えば、どんな質問が出られるとか、それぞれの角度を細かく分析し、試験の準備にリハーサルしていた。逆に、僕も仕事上何にか疑問があったら、彼に電話をかけって教えてもらった。時々彼がすぐに答えられなくでも、なんとかどこか調べて、私に助けてくれた。実際にわれわれは利益の関係がまったくなかった。」

李さんがチチオヤとの付き合いを振りかえるほど、言いたいことが言い切れなさそうであった。二日続けておそうしきで現れていた彼にとって、瞬間に失われたのが、二度見つかれないかもしれない。

「われわれは長年の付き合いだとは言えなくでも、ここ数年間いつも一緒に勉強したり、お茶を飲んだりしていた。われわれは、なんでもおしゃべりしていて、なんか相性がよかった。だから、彼の出来事を知ってから、悲しいですよ。」

お二人は一人が70代で、一人が60代で、お互いの出会いが遅いかもしれないが、どんなことでも相手の心に耳を傾けた。文句とか、夢とか、光栄とか、失敗とか。

「昇給に対する不満とか、試験の不合格に対する怒りとか、僕の前に彼が何でも言ってしまった。で、かんしゃくを起こしたときもあったのですが、二日三日後なんでもなくなって、また僕に話しかけて,『もう終わったから、悪いことを忘れてください。』」

悪いことを投げ捨てたほうかいいですが、タバコはなかなかやめられなかった。それが半世紀を通してタバコに依存していた喫煙者にとって一層に無理でしょうか。

タバコとチチオヤ。チチオヤと思考系。そういう関連が私の子供の頃からずった印象に残されていた。チチオヤがタバコを吸いながら、何にか思案していたそうな画面が何回も目についた。ところが、本人が好きなたブランドとか抱えた悩みとか私が従来尋ねる意識がなかった。李さんのようにチチオヤが味わっていたのを味わえるわけがなかった。

「彼が吸っていたタバコが、とでも強くて、僕も耐えられなかった。」

煙に巻き込まれていて、オフイスで働いていた。タバコで、たとえストレスを解消させても、体に限界があるというのは、誰も否定できない。

「もう退職の年齢になって、何のためにそれほどまで苦労していたのか。」という疑問が、今までも李さんの頭の中に残されている。

2008年12月17日 星期三

応接係としては

「私、さいさんのムスメなんですが。今日、お越しいただいて本当にありがとう。」

チチオヤの旅路の果てを見送った場合で、ムスメとしての言葉遣いが、チチオヤの名声にかかわった。「ありがとう」という言葉が適切かどうかはっきりわからないですが、ありがたいのは本当の気持ちであった。だって、いまさら出席しなくても本人に弁解するまでもなかった。だって、本人もいなくなった。

わざわざお越しいただいたのは、本当にチチオヤをも一度見ようとした知人だった。その中で、私と大体同じ年齢のAさんがいった。彼は何年間か前にチチオヤの同僚同士であった。

「その時、僕は見習いとして、さいさnに指導されていただいてきたのですが。彼は、親しみやすくて、会社から離れても、いつもケーキを持って戻ってきた。われわれとおしゃべりしていて、楽しかったよ。私たちは、年齢の差があっても、壁があまりなかった。」

「もしかしたら、さいさんも君たちの前にもお父さんのふりをしなかったのでしょう。」

「それが...」

「も一つは、さいさんが、何年間にたっても、ずっとある業界の免許のために一生懸命に努力していた。最近、やっと取得した。彼は大興奮になって、後輩の私たちにご馳走を誘ってやったのです。やはり、長年の夢が実現できるようになった。大興奮にもまして、私に積極的に働きかけてきた、「お前もいろいろな免許を取ってください!私はお前の推薦人をしよう!」

なるほど!チチオヤが後輩に対する気前をこの時までまったく知らなかった。

おそうしきまで、ムスメの私が知っていたチチの世界は、ただ彼自身一人でのオフィスだった。

秘書としては

「もしもし...さいさんはいるんでしょうか?]
「ええと、どちらさまでしょか?私、さいさんのムスメなんですが。チチオヤもう、こんげつのじょうじゅんになくなってしまった。」
「え---- なぜそんなとつぜんに......?」

チチオヤがはなれてから、以上のようなといあわせでんわはずっとかかってきた。

チチオヤの代わりに、でんわに出ているのに、だんだん慣れるようになってきた。おそうしきが終わったばかりなので、今日から伝えられるメッセジーも短くなっていけば、口調もちょっと軽くなってきた。できるだけ、向こうがチチオヤに対するいんしょうを聞き切りようとしていた。

だって、ムスメとしては、チチオヤとの話すきかいをずっと見逃していた上に、これから話そうとしても、チャンスもうないことになっている。

いまさらどうしようもないのではないか?もし、チチオヤに何かやるに堪えることがあれば、少なくでも、やろうと思っている。

おそうしきをはじめよう。そういうぎしきで、一番肝心なのは、やばり接客術であった。つまり、チチオヤの面目のために、応接係としてのわれわれは、ひんきゃくをちゃっとに応接しなくではいけなかった。そのなかで、適切な挨拶が大事であった。ありがたいこと (でもざんねんだった)には、ちちおやの友人と話すうちに、こどもの目から従来に見られなかったチチオヤのことがやっとみられるようになってきた。

せりふ

During the Korean War, there was a story about "The East met West", in Japan.

The West found everything in Japan so fascinating that he could hardly imagined.

For instance, Japanese fathers sold their daughters for the sake of money.



.....Was it just like goods on sale?



Sure! That's why your beloved's life was supposed to be not belonged to herself, but the owner of Kabuki, as she put it like this.

"My life is planned, I'm dedicated to Matsubayashi....The danger that lies ahead of us, we must face now. The danger of discovery, for both of us, danger of weakness when it is over."



When it is over, isn't it time to say sayorana? But, at the critical moment, East and West sought release from his/her belonged group, with return of his/her identity as an individual rather than a group member.

"All my life, are so busy, snapping to, and giving orders and taking orders and being a general's son....never sit down to think about my reason for living there."

" I believe for the first time, I'm just beginning to think about what I really am, what I really want."

2008年12月16日 星期二

青空の隅



青空の隅で、ある大鳥が孤独的に飛んでいたようであった。

小さい頃から、小鳥はずっと大鳥をそう思い込んでいた。

しかし、この日、大勢の鳥が森の上に集まってきた。

大鳥を見送ったために。

大鳥の仲間から、あることがやっとわかった:

巣の外で、大鳥が親しみやすくて、誰にも友達を作って、自分より30年年下のもたくさんいった。

いろいろ話を聞くと、小鳥がなんとなく大鳥と話そうとしていたのが。

ところが、何回も声をかけられても、大鳥もう聞かれなかった。

2008年12月15日 星期一

いってらっしゃい



この日、金魚は主役になってきた。

金魚を囲む舞台では、配置とか、音楽とか、花とか、過去最高の派手です。

でも、影が心から望んでいるのは、ただお金魚が落ち着いてあそこに赴けるということです。

では、いってらっしゃい。

本当にありがとう。

2008年12月14日 星期日

Moving ....




地球は太陽の周りを公転している。

鳥も集合同士のスピートを応じて飛んでいる。

移動は万物万人の予定である。

電車もそうなの。いったん動きはじめてから、前に進んでいて、ずっとずっと、動けなくなるまで。

ある日、時間になった。

ところが、あの電車以外の電車も軌道以外の地球も平常の通り動いている。

2008年12月13日 星期六

A fisherman...



Life involves 3 steps:

Thinking, finding and Waiting.

Sometimes we get what we want, sometimes not.

But what we want does not neccessarily equal to what we need.

Nevertheless, any course of action in fishing, whatever the ending is, is what we choose.

Thus, No regrets.

2008年12月12日 星期五

End & Start



Any 'Start' starts with an End.

Any 'End' ends with a Sigh.

A Sigh is a Sigh.

But Goodbye does not really mean Good-bye.

Cos YOU, are always on my mind.

A lesson that I hate to learn but have to from now on.

2008年12月7日 星期日

チゃーハン



試験後の第一食は、チャーハンなの。

友達と二人で、中華食堂と言うチィーんストアについたら、とにかく、山積した食欲を噴出させてきた。

一人当たリ800円くらいで、セットのラーメンと、餃子、チャーハンを10分以内にお腹に押し込んでしまった。

まったくの噴飯のような話なの。

セットの中で、チャーハンのが、一番気に入る、普段はね。

が、一口食べるや否や、ついにある日本語文法による例文がで出てきた。

迫力のないチャーハンは、期待を込めて食べに来る客さんをいためるものでなくてなんだろう?

そして、チャーハンの源だと思われているわが国、つまり「中華」の名も汚されたのではないか?

ようするに、「いためる」というのは、炒めるか、傷めるか、やる気次第だ。

やっぱり、王将のほうが勝る。

2008年12月6日 星期六

2008年12月2日 星期二

階段の外、今の段階は?




あるビルの9階に ある窓の外へ。

ある日の奥に ある人の瞳に。

ある数字の周りに ある声が漂っている。

「今、何階?」

マア、そろそろ。