今日、職場で、他人に助けられた上で感謝を表す広東語の言葉について話していた。補充のために、ちょっとここで説明しよう。
「唔該」 (発音:ng goi) 、広東語で、有難うという意味である。
例:
Aさん:「真係 唔該 哂!」(zeng hai ng goi sai)
Bさん: 「唔駛 唔該!」(ng sai ng goi)
[「真係」=「本当に」]+[「唔咳」=「有難う」]+[「哂」=すっかり/完全に]
は
「本当に有難う!」 というわけである。
そして、「唔駛」は「いらない」という意味で、「唔該」とあわせて、「どういたしまして」あるいは "NO NEED TO SAY THANK YOU" になるのです。
どんな場合に「唔該」(ng goi)を言うべきなのかというと、ちょっと例を挙げてみよう。
ヤボという小学生が、学力低下だとよく言われている。最も下手なのは、日本語である。発音を間違ったり、言葉を乱暴したり (例:常にお皿と洗剤を持ちながら、「私が『わらい』ましょうか?」と言ってしまう。)している。ところが、ある日、あるおじいさんが現れ、ヤボの作文を直すようになってきた。その上に、周りに働きかけたまで、「ちょっとヤボの作文をみてみようか!」ヤボをびっくりさせた。
世間は、残酷だと言われているものだ。電車の中でお年寄りや妊娠婦に席を譲るという立派な人間が、ますます少なくなってくる。貧乏人や、失敗マン、学力が低下する学生などという社会に認められない存在を応援する無名なボランテリアは、一層希少なのではないか。だからこそ、そういう希少な人間が異常な財産を持つと見られている。
それが、何なだろうか。
暇というより、義なのではないか。
義は、中国語のコンテキストに、人間として同類同士を助ける最高の品格という。
1 則留言:
你在將我們傳神、到肉的廣東話在東洋發揚光大嗎?
唔該晒 :)
有心!有心!
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