2008年7月31日 星期四

近い・遠い(広告)





「疲れちゃった!ベッドが欲しいかな!」

「あれ、行こうか?近そう。」

「ハハハ、そうしよう!」















[え-?]

「ロールちゃんだ?ベッドじゃない?お化けじゃないか?」

「でも、おいしそうね、ヒヒ......」

「でも、俺、日本語が、ちょっと.....」

「高い、高い、168円、持っていない、今は.....]

「どうしよう?」



販売点セプン・イレブン

2008年7月30日 星期三

ホットロッドへの分解


 ごみの減量化や再生利用を推進するため、ごみの分別へのご協力をお願いします。

浦和車解体センタ-。ご覧の通り、あるものは今解体中。

分解すれば、分解ほど、不明になるかもしれないが。

じつはね。この分解体はふつうの車ではなく、ホットロッドである -- 会話分析の創始者であるサックスによる革命的カテゴリーをさせられる車という。

ホットロッダ-は1960年代にアメリカの街道でドラッグレースを行う若者のことである。「ホットロッド」とは、ドラッテグレース用に改造された車である。サックスは、「ホットロッダー」の議論を次のような若者の会話で始めている。

ケン:俺のボネウィル(スポーツカーの名称)でさ。あれをひっぱりだしてきて、ネクタイを締めて、セーターを上に来て、そうすれば身ぎれいに見えるかい。そのときには、何から何までおんなじいろで、同じ年代のおんなじ車の男が、99パーセント俺にぴったしとつけてくるぜ。マフラーをぶんぶんいわせてさ。そいつは薄汚れたTシャツを着てさ、そうすりゃ俺がつかまる前に、汚いTシャツの男が先につかまるのさ。

アル:ポンティアック・ステ-ションワゴンにのってつかまるやつはそういないぜ

なぜ?ステーションワゴンに乗ってつかまる奴がいないのか?

1960年代のアメリカでは、「ステーションワゴン」は「お母さんの車」というイメージがあった。「お母さん」の車に乗っている若者はお母さんや大人に対して従順な「ティーンエージャー・ ドライバー」で、レースをしないと人からみられてしまう

むしろ、大人や親からの自立を求める若者はTシャツや革ジャンなどの「ホットロダー」らしい格好をしてレースをしながら、「ホットロッダー」というカテゴリーを自分たちで管理するカテゴリーに変える。

(続く)

[文献]

江原由美子・山崎敬一編「ジェンダーからみた社会理論」







2008年7月29日 星期二

発狂前後の瞬間 

               8:55pm 南与野

                8:53PM 

               8:52pm 

            8:10pm 与野本町





2008年7月28日 星期一

真っ黒の夏















暑い暑い、暑い...










     






お休み



「いらってゃいませ!」

「お少々待ちください!」

「有難うございました!」

  「おやすみなさい!」

400億で生きる


彼女を、覚えている?
日曜日に、新宿駅東南口の近くに、彼女との初対面。
その時、俺は汗が滴っていた。優しそうな彼女はタオルを出して----氷に囲われたボトルを拭いていた。

「一本、お願い」素敵な彼女に話しかけるために、75円で一本のヤクルトを買うしかなった。

一本(80ml)あたり400億個の乳酸菌があると言われているのは、「ヤクルト400」である。

「400億個の乳酸菌?本当にありますか?おばあちゃん?」と俺はチャレンジしてきた。(実はそいう問題は幼稚園時代からヤクルトを飲んでいた俺にとってただ質問だよ)

「4年前まで65億個だけで、400億個そうなにたくさん入れなかったよ。」と「ヤクルトおば」はしゃべりなから、両手が手押し車の上においていた。



そこで、ちょっとおばの歴史をご紹介しようか。

名前、不明。(今の時代には、日本の若者に出会うと、名前を聞くのはちょっと時代遅れという感じそうだ)

年齢、不明。(50歳以上の日本女性に聞くたび、「当ててみよう」という返事は普通で、間違って当ててしまったのはもっと普通だし。)

出身、九州。52年前に、東京にきった。36年前にヤクルトの手押し車に触れて、言い切れない出会いが次々に展開されてきた。

「言いきれい」というのは、何人なのか?100 人かな? イイエ。「1000人以上。」という。彼らは、おばの前にくると、何もいわなくでもいいし、黒酢か、お茶か、ヤクルト400か、何にするのか、全部おばに覚えられて、ちゃんと渡される。それは、コミニ―ケションの最高で、「ヤクルトおば」からすると最も大きい楽しみのではないか。

それゆえ、36年間にわたって「車」を押し続けてきた。手押し車は丈夫で、鉄の部分がまだつかわれてきた。おばは、手の関節がちょっと悪くて、車は、ちょっと重くなる。そういっても、「大変でしょう?」ときかれると、「そうではない」という答え。笑顔してきた。

日曜日は、競馬日。馬さまは競走しながら、おばの強さをご存知ですか?おばは、どちらの馬が強いかしっているのか?おそらく、競争のことを分からないかな。だって、新宿で手押し車でヤクルトを売りたがる人は、おばしかない。だって、一本、75円であり、一日でも、大変だろう。オケー、オケー、おばは続いていくよ。何のために?生活?違う。会社?その通り。

最後に、「ヤクルトの400億個」と言う疑問がそのままに残っている。しかし、「ヤクルトおば」は自身が信じることを言い切ってきた。「私ね、36年間、病気何で全然ない。一日もやすまない。お客様の笑顔を見ると、生き生きしているよ。」

中国語の話なんですが、「信じるなら、ある。信じないと、ない。(信則有,不信則無)。」信じられるのはある数字ではなく、仕事の意味と自分の価値だよ。

2008年7月27日 星期日

そら、ほら!(広告)


  夜7時、激雨後。
頂きます。

2008年7月26日 星期六

初対面

 
  7 月26日、新宿。

ピングのかつらをつけたり、仮面をかぶったり、していた彼は,正体を隠しながら、道を歩いていた。次の秒に、何が起こるか、誰も知らなかった。

無差別殺人事件が、いつ、どこで、再び上演するか、地震より予報しにくくなるのではないか。先月、秋葉原。今週、八王子。来週、新宿かもしれない?

不安は、都市の至るどころに、積もっている。誰にもいえない。誰にもいないから。


「人と関わりすぎると怨念で殺すし、孤独だと無差別に殺すし 難しいね」「誰でもよかった」

こんな書き込みを携帯電話の掲示板サイトに残していたのは、秋葉原における無差別殺人事件を起こした容疑者である。派遣社員として働くことにたいする不満や孤独感が吐露されていた。

全国を驚かせた劇を演じる前の宣言は人間関係の壁に抗議したのか?

世の中の壁は、見えると見えないという二つに分けられている。

今日、アメリカから輸入されたマクドナルド(McDonald's)では、ひとりひとりをわけるバ-ティションがマクドナルドおじいさんより日本人にとって親しみやすい。「一家団欒」という「マク原点」がうれなくなってしまう。1人様向け席には、コンセントしか何もいらない。


2時間(マクの上限)が経って、パ-ティションから出ると、また仮面をかぶっていて、人ごみの中に歩いてくる。

2008年7月25日 星期五

恥めましょう


はじめまして。
私はさいと申しますが。
では、はじめて、皆さんに何を話したほうがいい?.......
「はじ」かな......
まさに「恥」だよ。
「恥」とは何か?大辞林によると、「面目を失うこと」という。
俺の解釈には、「耳と心を失うこと」という。
人間にとって、好奇心ほど大切なものはない。
いつの間にか、俺の好奇心が一度なくなってしまった。耳も、何も入れなくなってきて.....最後に、写真の中である状態になってしまった-----ストップになってきた。日本に来てから、かつて失ったものは見つかった。俺は、また走ってきた。
でも、日本語を勉強してから一年3ヶ月が経った今日、またあまり動かない感じがする。後退のことはないといっても、進歩はあまり見えない。「それは、一番辛いじゃないか?」とある兄弟は言った。
昨日、先生から直していただいたレポ-トの中に、「分からない」というコメントは何回も出てきた.....
本当に恥かしい、俺。
でも、「恥」のおかげで、進む気はいっそう強くなってきて....
この間、授業中あるビデオを見ると、あるアイデアがパッと思い浮かべてきた。日本にある小学生はブッグを通して作文を皆さんになおしてもらってきたそうだ。
俺もう決めった。今日から、できるだけ、毎日もここに何か書いておくつもりだ。授業中学んだ知識とか、生活の中に感心させた風景とか、コンビニの前に真兄弟(義気がある)とのおしゃべりからもらった知恵とか。
だから、もし何らかの間違いがあったら、皆さんに直してくださいませんか。
正直の批判は、やはり最高だよ。
これから、よろしく。ワンワン。